労務トラブルQ&A~定額残業代を支給すれば残業代は不要?定額残業代制度のリスクとは~
Q.弊社では、営業職や管理職に月60時間分の残業代に相当する金額を支給する定額残業代制度を導入しています。名称は「営業手当」や「役職手当」で支給しており、実際の残業時間が月60時間を超える時もありますが、差額は支給していません。何か問題はあるでしょうか?
A.定額残業代として支給される手当が割増賃金の支払いとして認められるかについては、過去の判例等から導かれる判断要素をクリアしているか検討する必要があります。ご質問のケースでは、「手当の名称」、「定額残業代を上回る残業代の差額清算を行っていないこと」、「定額残業代に相当する時間数の設定」について定額残業代が無効となるリスクがあるため注意が必要です。
・定額残業代制度とは?
定額残業代制度とは、一般的に実際の残業時間にかかわらず毎月固定の手当を割増賃金として支給するものです。
例:30時間分相当の定額残業代制度が導入されている場合、実際の残業時間が10時間でも30時間分の残業手当を「固定残業代」などの名目で支給する。
導入のメリットとしては以下のようなものがあります。
①残業の抑制
上記例のように実際の残業時間が少ない場合でも定額が支給されるため、効率的に仕事を終えて残業時間を少なくするほど従業員にとっては得になります。
②人件費を予測しやすくなる
残業代の変動が少なくなるため、人件費の予想をたてやすくなります。
③毎月の残業代計算の効率化
実際の残業時間数が、定額残業代として設定している残業時間数以下の場合は毎月残業代を個別に計算する必要がなくなります。ただし、給与システムを導入している場合は通常残業代も自動計算なので、この点はそれほど大きなメリットではありません。
・定額残業代が無効となった場合のリスクとは?
定額残業代が万が一無効になると、割増賃金の支払い自体がなかったことになりますので高額な未払い残業代が発生します。具体的には以下の通りです。
例:基本給16万円、月平均所定労働時間数160時間、定額残業代60時間相当分の場合
・定額残業代の金額 75,000円=160,000円÷160時間×1.25(法定割増率)×60時間
【定額残業代が有効な場合】
月30時間の残業をした場合、定額残業代の対象時間数(60時間)に収まっているので別途残業代の支払いは不要。
【定額残業代が無効となった場合】
定額残業代は割増賃金ではなく、通常の労働時間の手当としてみなされるので、月30時間の残業をした場合別途残業代の支払いが必要。
(160,000円+75,000円)÷160時間×1.25×30時間=55,079円(円未満切り上げ)
本コラム執筆時点での残業代の消滅時効は3年ですので、上記例で過去3年分の定額残業代が無効となった場合、未払い残業代が約200万円発生することになります。
・定額残業代の有効性確認のための判断要素
定額残業代が割増賃金の支払いとして有効か否かは以下の3つの判断要素から検討します。
①明確区分性(判別可能性)
明確区分性は、「通常の労働時間の賃金にあたる部分」と「割増賃金として支給されている部分」が明確に区別されているかという基準になります。例としては、「職務手当」、「営業手当」、「役職手当」などの名目で定額残業代が支給されている場合、職責や職務への対価部分が含まれていると判断され、割増賃金にあたる部分が明確に区分されていないと評価されてしまう可能性があります。また、基本給に固定残業代が含まれているというケースもありますが、同様に基本給と残業代部分が明確でなれば明確区分性を満たしていないことになります。
②対価性
対価性とは、定額残業代として支給される手当が時間外労働等に対する対価として支払われたかというものです。具体的には雇用契約書、労働条件通知書、給与規程等の書面で定額残業代として支給する手当について「時間外労働等に対する割増賃金として支払う」旨の記述がない場合や口頭でのみ伝えている場合はこの対価性が否定される可能性が高くなります。また、運用面において、実際の時間外労働時間数に対する割増賃金が定額残業代を上回っている場合にその差額を支給していない場合には対価性が否定される可能性があります。
③定額残業代に相当する残業時間数
上記2つの判断基準を満たしていたとしても、定額残業代の対象となる時間外労働時間数が著しく長時間に設定されている場合は、公序良俗に違反するとして定額残業代の効力が認められない可能性があります。具体的には現行の時間外労働に関する上限について、時間外労働及び休日労働の合計時間を「単月100時間未満、複数月平均80時間以内」とする必要があります。この上限を上回る残業時間数を定額残業代として設定している場合は定額残業代が無効となる可能性が高いです。
・判断要素から見る企業の実務対応
上記判断要素をもとに、定額残業代制度が無効とならないために企業がとるべき対応は以下の通りです。
①明確区分性(判別可能性)について
・基本給に定額残業代が組み込まれている場合は基本給とは別項目で支給する
・手当の名称は「固定残業代」、「定額残業代」など割増賃金の支払いであることがわかる名称とする
②対価性
・給与規程、労働条件通知書等に定額残業代の金額と対象となる時間外労働時間数等を明記する
・給与規程、労働条件通知書等に対象となる時間外労働時間数を上回る場合には超過分の割増賃金を支給する旨を明記し、実際に上回る場合は支給する
・極端に実態と乖離する定額残業代の対象残業時間は設定しない
③定額残業代に相当する残業時間数
・「月60時間」「月80時間」の設定が必ずしも違法になるわけではないが、原則の時間外労働時間数の上限は月45時間であるため、定額残業代の対象時間数は長くとも45時間以内とする
・まとめとその他の注意点
最近では某ファッション企業が初任給を一律40万円に引き上げたことで話題になりましたが、同時にこの内訳に固定残業代80時間分が含まれていることを問題視する声も上がりました。実際の時間外労働は職種によって10時間から40時間程度とのことで、この設定が直ちに違法とはならないと考えますが、求職者に正確に情報が伝わらないと「残業が80時間もあるのか?」など疑念を持たれるリスクや企業イメージのダウンといったリスクもあると思います。(今回の報道を考えると、企業にとって宣伝効果の面では非常に効果が高かったのではないかとは思います。)
また、定額残業代を導入している場合、新型コロナや景気の変動などにより極端に業務量や売り上げが下がった場合にも定額を支給することは企業経営の面でもリスクになり得ます。この点については、給与規程の文言を工夫するなど企業経営の実態にあった制度とするよう導入時から注意する必要があります。
長年、定額残業代制度を導入されている企業、これから導入を検討している企業いずれも多いと思いますが、まずは導入の目的やリスクを理解することが重要と考えます。定額残業代制度のことでお困りの際はお気軽にご相談ください。
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